marginalnotes

学んだこと思い立ったことを勢いだけで書く

サクマドロップスのコラボ線香

線香製造・販売のカメヤマ株式会社がサクマドロップで有名なサクマ製菓株式会社とコラボで昨年秋に売り出したお線香が売れてるらしい。お線香使う習慣はないんだけどちょっと欲しいと思ってしまった。

気になって調べたらボンタンアメとかいちごみるくまでありやがった(笑)

ボンタンアメ ミニ寸線香 23000007

ボンタンアメ ミニ寸線香 23000007

いちごみるく ミニ寸線香 約50g

いちごみるく ミニ寸線香 約50g

prtimes.jp

他人に寄付をさせてよいことをした気になる

「○○するとあなたの代わりに○円寄付されます」という活動を否定するわけではない。むしろ賛成で是非多くの人が参加してくれればよいと思うが、同時に参加する人たちの中からそれで他人に数円、数十円寄付させて満足するだけでなく、それをきっかけに折角なら自分の財布からも数百円、数千円でいいから寄付するという人が出てくるとよりよいと思う。もちろん寄付は強制されてやるものではないのでやるやらないは個人の自由だが。

fukko.yahoo.co.jp

運がよいと思っていると本当にいい運が回ってくる

自分は運が悪い、恵まれていないと言い続けていると本当にそういう人生になるし、逆に状況が悪いときでも俺(私)は大丈夫だ、運もいいしなんとかなると言っているとその通りになんとかなったりするから気の持ちようというのは人間にとってかなり重要なんだろう。

だから自分が属する会社の社長とか上司とか、あるいは自分の大事な何かを賭ける相手が自分は運が悪いと公言していたらそこから早めに離れた方がよい。

ジョン・ウィック みた

DVD借りて劇場公開当時から気になっていた「ジョン・ウィック」を観た。個人的にネタバレしてから映画観るのはあまり好きな方ではないので観たいけど劇場に行けなかった映画は極力情報を遮断しておいてDVDなどで観ることが多いけど、今回もそうやって前情報をほぼ入れずに鑑賞。

で、結論から言えば面白かったし人にもお勧めできる。引退した伝説の殺し屋なんて設定は陳腐だし、ストーリー的には大して斬新な点もない。足を洗っていた伝説の殺し屋さんに馬鹿(犯罪組織のボスの息子)がちょっかい出して、怒りを買って、結果的に組織ごと消滅させられるっていう話なんだけど、とにかくぶち切れてからのキアヌが無慈悲なガンアクションで淡々と敵をダブルタップしていく姿は途中から笑いが出てくるくらい爽快だしそれだけで楽しめる映画になっている。

個人的に好きな俳優でもあるウィレム・デフォーが親友役で出てくるんだけど、いきなりこの2人は親友ですっていう設定を押しつけられてそれを裏付けるようなエピソードもないものだから、自分の身を危険にさらしてまでキアヌを助ける理由がいまいちわからなくてちょっと困惑したり、亡くなった奥さんとの関係や、キアヌが昔の雇い主の組織を地上から消し去る程ぶち切れるきっかけになった子犬(かわいい)との関係もあまり濃く描かれないので、キアヌがなんか切れやすい人っぽく見えてしまったりするけれど、そういう細かいところは気にしちゃいけない映画なんだと思うし、多分その辺の描写を色々入れたら折角のテンポが悪くなるのであえてなんだろうと思う。

あと支配人役で出演しているイアン・マクシェーンも個人的に好きな俳優なのでよかった。

他人に決められた約束を守っているだけでは評価は上がらない

上司などから「これ、いついつまでにやって」と相手が決めた期日付きで頼まれた仕事を一生懸命期日守ってこなし続けるだけだと残念ながら評価や信用は上がらない。これは会社員だけじゃなくフリーランスなどにおける取引先との関係でも当てはまる。

約束は自分から宣言してこそ意味があるし、自分で宣言した約束を自分で守ることで人からの評価は上がる。有言実行したっていう事実の積み重ねが大事。人から決められた期日では、所詮人が決めたことなので責任感が無意識に薄くなりがちだし、守れなかった場合も相手の期日設定が悪いと考えがち。これだと人ってなかなか成長しない。

一方の頼んだ方も期日が守られたことに対する意識が薄くなりがち、というか守られて当たり前くらいにしか思わないから評価しようという気持ちが無意識に薄れる。頼まれた方はきちんとやっているのに理不尽なんだけど。

だから上司などから「いついつまでに」っていわれたら、あえて自分から「○日の14時までに提出します」みたいに宣言していった方がいい。上司の方も一方的に期限を切るんじゃなく「いつまでにできる?」っていう風に自分で期日を考えさせて、本人に宣言させるように誘導するのがよいと思う。

どうでもよい人にほど寛容な気持ちで丁寧に接する

どうでもよい人とかいうとなんか感じ悪いけれど、例えば買い物行った先の店員さんとか、その一時のやりとりのみで、その後関係が続くことがない前提の人という意味。

いい人気取りたいとかそんなことじゃなくて、そうしておくのが一番コミュニケーションコストが低くなるから。

寛容になるってのは、どうでもよい人に心をかき乱されるのが最も無駄というか、例えば店員さんのちょっとしたミスや言動にいちいち腹を立てるのとか時間と労力の無駄以外の何者でもないから最初から期待しない。期待してなければ期待を裏切られないから怒る必要がない。そもそも怒るという行為を極力人生から排除したいし、もし使うとしてももっと大事なことに使いたい。

丁寧に接するのは、単純にそうしておくと店員さんも気持ちよく、こちらに対してポジティブな印象で仕事してもらうことができると思うから。結果として相手の態度も自然と丁寧になるし、ミスもおきにくくなると経験上知っている。当たり前だけど、相手の立場になったとき、初対面でいきなりため口きいてくる奴とか、横暴な態度とる奴相手に気持ちよく仕事してやろうと思うわけもなく、嫌な気持ちで仕事されて、無駄なミスされたりサービス低下を招くのはアホらしい。

他の人に丁寧に接するのは人として当然というのはあるので、どうでもよくない人には丁寧にしなくていいとか、人によって対応を分けているという意味で言っているわけではないんだけど、世の中には店員さん相手とかだとやたら高圧的な態度とったりする人がいて無駄なことやってるなと思って書いた。

礼儀作法は面倒に感じるけど知っておいた方が自分を助ける

上座だの下座だの、タクシーに乗るときは目上の人を先に乗せるとか、偉い人のグラスが空になっていたらお酒つぎましょうとか、俺も若いころは色々と上司、先輩などから小言いわれたり怒られたりして、めんどくせぇな、なんでそんなこといちいち気にするんだよなどと思いつつ過ごしていた時期があった。

でも社会人半年くらい経験して、徐々にそういうのをある程度覚えて、まぁ本意ではないにしても自然とうまいこと立ち回れるようになってきたとき、ふと気がついたんだ。あぁこういう基本的な礼儀作法をある程度きちんとやっているだけで、年上の人が一目置いてくれるというか、若い割にちゃんとしてるじゃんみたいな感じでポジティブな感情を持ってくれることに。

別に上の人に媚びろと言うつもりは全くないし、自分もそんなことをしたことはないんだけど、それでも上の人に気に入られて悪いことはなくて、ポジティブな印象を一度持ってもらえると、そのあとでちょっと生意気な意見を言ったりしても許されるというか、大目に見てくれたり、場合によっては元気があってよい -おじさんたちは元気がある若者がなんかしらないけど好きみたいだ- なんて評価されたり、要するに立場的によいポジションが取れる可能性が高い。

若いうちは権限もないし、自分の好きなようには動けないことが多いけれど、上の人を味方にすれば色々と便利なことが多い。そして立場が弱いうちは使えるものは何でも利用した方がよい。だから面倒だな、こんなの意味ないのにな、などと思っても、上の世代が好きな価値観に少しあわせて行動するということをひとつのテクニックだと思ってやってみるとよいと思う。

人付き合いはコストかかるので合理的に考えれば不要という判断は別におかしくない

人付き合いというか、最近の若い人があまり彼氏、彼女作ったりしようとしないなどということがよく話題になっていて、おじさん、おばさんたちが最近の若者は覇気がないだの適当なことコメントしたりしているのをテレビで見かけたりするけど、そういうの面倒くさいっていう若い人の考えもなんとなくわかる。

人間関係を構築するのは基本的に面倒くさい作業だ。特に性別が違う相手との関係は正直大変だし、そこを相手の気持ちをなんとかくみ取って、喜ばせるために色々考えたり行動したり、まぁそれが楽しいという部分もあるけどいいことばかりじゃないし。時間もかかるし場合によってはお金もかかる。

で、その頑張った結果もたらされるもの -男の場合、目的の8割は残念ながら性欲処理だ(と思う。断言はしない)。女の人が何を求めているのかは俺は女じゃないからわからない- と、そこまでに必要な労力、時間、お金などというコストを比べたときに、わざわざそこ頑張る必要ある?という判断をすること自体はある意味合理的だ。その分自分の好きなことに時間とお金を使う方が楽しいという考えも。

ふと思うと俺くらいの歳の人間は、下世話な言い方だけど女の子にもてたいとか、そういうところに自然とモチベーションを見いだせる世代だったんだなと。それが普通だと思って若い時代を過ごしてたけれど世代が変われば考え方も変わる。やはり人は自分の価値観だけで物事を見て判断してしまうから気をつけないといけない。

もちろん彼氏彼女いらないという言う人たちのすべてが面倒くさいという理由ではないと思うが。

どうでもよいことになるべく頭を使いたくない

例えば「今晩何食べたい?」みたいな質問に対して基本的には「なんでもいい」と答えることが多い。別にそれで夕飯に何が出てきてもこちらとしては一切文句はないんだがたまに「なんかないの?」みたいなこと言われて困る。

困るというのは、それならと具体的に「○○がよい」と言ったところで本当にそれが出てくるとは限らない -太るから駄目などという謎の理由で拒否されることも多々ある- し、そもそもそのとき本当に食べたいと思ったものが家庭で作れるものではない場合もある。

であればこそ、どうせ言っても無駄なことにあまり頭を使いたくない俺は、先に書いた「なんでもいい」という返答をするわけだけど、相手からすればこいつは何も考えてないなということで不満のようだ。一緒に考えて欲しいみたいなエモーショナルな部分を求められているのはもちろん俺にだってわかるんだけれど、どうしてもこういう自分にとっては大して重要でない物事に対して頭を使うことについて、めんどくせぇが先に来てしまって困っている。

得てして男の場合、何か問題解決を求められると脳みそが働くという傾向があるように思うから、聞くときは「夕飯は何がいい?」ではなく、「夕飯が決まらなくて困っているから解決してくれないか」という形でのアプローチをしてくれるともしかしたらもう少しまじめに考えられるかもしれない。

他人より頭ひとつ抜きん出たいという考え方は無意味

色々な分野で成功していたり一目置かれている人たちは、他人と比べて自分はどうか、他人に勝つためにどうするのがよいかという考え方ではなく、ただ自分が興味ある分野、求める道を追求結果、気がつけば周りに自分より実力のある人間がいなかったために、結果としてその立場を得たという人が多い。

本来、他人など自分の人生に何ら関係ないし、まず他人と比べてそこから自分の身の処し方を考えたりすること自体、あまり意味のある考え方ではない。自分がどうありたいかを考え、それに向けて自分の責務や興味のあることに没頭し、突き詰めた -少なくとも自分がそう思えるほどにはやった- 上で、それでもまだ何かしら一目置かれる存在になれていないのなら、取り組み方が悪いか、取り組みが甘いか、あるいはその分野に才能がないか。いずれにせよ悔い改めるなり別の道を探すのがよい。

他人より頭ひとつ抜きん出るというのはあくまで結果論であって目的ではない。それに例えば会社の中のような狭い世界で他人より頭ひとつ抜きん出たい欲求を拗らせると、社内での駆け引きだのライバルの足を引っ張ったり引っ張られたりといった社内政治ごっこにばかり奔走することになって不毛なのでそういうものが好きな人以外は避けた方がよい。

一方で他人と自分を比べるのではなく、他人のやり方から学ぶということであれば有益なことが多い。まず最初は他の成功している人のやり方をまねてみるのもよいかもしれない。